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【塩の話 vol.2】自然海塩の歴史


*この投稿は以前発刊していた会報誌『月刊つぶつぶ』より特集シリーズ「海の結晶 本物の「自然海塩」を食卓に」から一部編集して掲載しています。連載一覧はこちら


こちらの連載シリーズでは「自然海塩を食卓に」をテーマに、私たちが生きるうえでなくてはならない「塩」について解説しています。前回は日本、日本人と塩との関わりや歴史、塩の種類や良し悪しについてご紹介いたしました。今回の記事では「塩」にかんする歴史を詳細に振り返っていきます。

私たちの命・生活に欠かせない塩が、さまざまな思惑により大きく揺れ動いてきた事実をぜひ知っていただき、あらためて塩、調味料について考えるきっかけとしていただければと思います。

1905年(明治38年)

「塩専売法」実施。

塩問屋などの反対を押し切って、日露戦争の戦費確保を名目に塩の「専売法」が強行され、政府の許可無しに塩を作ることは許されなくなった。

国民の意識が「精製されて純粋なものがよいもの」という風潮へ変化したことに対応して、その後、塩の塩化ナトリウム率は、明治38年の74%から上昇を続け、昭和45年には99・35%にも達していた。

大正時代になると、ソーダ工業の原料としての高純度塩へのニーズが 拡大。爆薬、塩素ガス、ソーダ、肥料、プラスチックなどの製造に欠かせない原料となる。

1949年(昭和24年)

「日本専売公社」(現在の日本たばこ産業株式会社JTの前身)設立。

大蔵省(現・財務省)の専売局が公社化し、たぱこと塩の樟脳の専売業務を独占。「イオン交換膜式」の研究も開始される。

1971年(昭和46年)

「塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法」が国会を通過

この法律により、国は製塩業者に 助成金を払って、伊勢神宮の神事用など一部例外を除き、日本全国の塩田を強制的に廃止した。化学製塩法である 「イオン交換膜式」を導入して塩の価格を輪入塩並みに引き下げ ることが目的だった。

これに対し、自然食を推進する一部の人々から、健康への悪影響を危惧する声があがり、次のような4つの理山から、猛烈な反対運動が展開された。

  • 方法の安全性が不確か
  • 塩のミネラルバランスの乱れ
  • 塩の過度な精製の害
  • 国民の選択の自由を奪 う

1972年(昭和47年)

日本CI協会の中に「食用塩調査」が結成。

この「調査会」で塩に含まれるミネラルの量とパランスなどについての調査が行われ、昔ながらの方法で作られた能登や伊勢の塩が一番という結果が発表された。工業的な製法ではどれも微量ミネラルが少なく、 特にイオン交換膜法で作られた塩ではほとんど取り除かれていることが分かった。

この調査結果を受けて、微量ミネ ラルを豊富に含む昔ながらの塩の復活を目指す運動がスタートしたが、 しかし専売法の規制により、製造も販売もできない状況であった。」

1973年(昭和48年)

「赤穂の天塩」が誕生。

専売公社が輪人した岩塩に、中国産ニガリを加えて溶かして煮詰める再製白然塩の製造が許可された。国民の安全な食への関心の高まりから、専売公社が出した妥協案だ。当初は赤字経営が続いたが、今では「伯方の塩」、「シママース」などと合わせて20%以上のシェアを占めるまでになっている。

1976年(昭和51年)

「食用塩調査会」の谷克彦さんらが伊豆大島の間伏に入植して製塩試験場を設立、自然塩の製造研究を開始。

原野を開墾しながらの約10年にわたる実践研究の結果、広い塩田がない場所でも可能なネット式と呼ばれる新しい製法で昔ながらの塩を生産することができるようになった。

1979年(昭和54年)

「日本食用塩研究会」が設立。

「食用塩調査会」は発展的に解消、新たな運動が始まった。専売公社に塩の製造許可を申請。根気強い折衝の末、「天然エネルギーを利用した製塩装置の研究」という名目で、試験生産塩としての許可が下りた。しかし「製造された塩はすべて廃棄する」という厳しい条件付だった。

そこで、研究会の会員に「できた塩を官能分析の試科として配付」という逃げ道を作って、塩を配付。初期の会員は、年間12万円の会費を払ってこの運動を支えたという。

1984年(昭和59年)

「海の精」誕生。

「日本食用塩研究会」が専売法の規制と闘いながら研究を重ね、日本の伝統製法による自然海塩を復活させ、「海の精」と明示する。

1985年(昭和60年)

専売公社民営化。

公社は日本たばこ産業株式会社(JT)となり、塩の専売業務を継承。

1997年(平成9年)

専売法廃止、塩の自由化。

専売法が廃止され、JTも塩事業から撤退(現在、財団法人塩事業センターが引き継いでいる)。

日本食用塩研究会の製塩事業部はこれを機に「塩の精株式会社」となる。塩の自由化により、自然海塩の製造・販売も自由になったが、さまざまな輸入塩や高額の加工塩が商品として氾濫し、現在に至っている。

また、日本食用塩研究会に関わった人たちが、高知、天草、沖縄などにも移り住み、小規模ながらも純国産自然海塩を世に出し続けている。

 

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