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未来食つぶつぶ 公式ブログ

頭痛薬が手放せなかった看護師が、60歳で未来食に出会い、69歳の今が一番元気な理由

「69歳の今が、一番元気です。」
看護師歴40年・小岩郁子さん

私は現在69歳。
未来食のごはんで、
薬やサプリメントに頼ることなく、
毎日を元気に過ごしています。

 

体がとても軽くなり、
料理をしている時間は心まで穏やかになります。

 

一つの雑穀からいろいろな料理が生まれること。
「おいしいね」と言って食べてくれる笑顔を見ること。

冷蔵庫の中の調味料が、
どんどんシンプルになっていくこと。
そんな変化が、何よりの喜びです。

 

栄養指導をしながらも、頭痛薬が手放せない

けれど、昔の私は今とはまったく違いました。
看護師として約40年間勤務し、
そのうち10年ほどは
糖尿病患者さんの療養指導にも携わってきました。

 

仕事では、カロリー計算を基本に、
炭水化物制限や油の制限、減塩などを指導していました。

 

一方で、私は甘いものが大好き。
菓子パンや和菓子、ケーキもよく食べていました。

 

大きな病気はなかったので、
自分では健康だと思っていましたが、
片頭痛がひどく、頭痛薬は手放せませんでした。

 

重度の冷え性で体温は35度台。
低血圧で朝も苦手。

 

「健康には気をつけているつもり。」
そう思いながらも、
どこか無理をしていたのだと思います。

 

未来食で田舎暮らしへの見方まで変わった

そんな私が未来食に出会ったのは60歳のときでした。

 

調味料は驚くほど少なく、作り方もシンプル。
それなのに、
学ぶほどに料理がおいしくなることに驚きました。
そして、続けるうちに、
私自身の体にも少しずつ変化が現れました。

 

いつの間にか頭痛薬を飲まなくなり、
冷え性や二枚爪、便秘、
皮膚のかゆみも気にならなくなりました。
体温は36度台になり、
血圧も安定しています。

 

未来食の料理を食べ続けるうちに、
ふと思い出したことがあります。

 

それは、岩手県で育った子どもの頃の食卓です。
野山を駆け回り、
家には塩と手作りの醤油、味噌くらいしかない。
今思えば、とてもシンプルな食生活でした。

 

あの頃は、そんな田舎暮らしが嫌で、
もっと便利に、もっと豊かになりたいと思っていました。

 

でも、未来食を続ける中で、腑に落ちたのです。
「私が求めていたものは、
新しいものではなかったのかもしれない。」
「自分の体は、ずっとシンプルな食を求めていたんだ。」

 

そう思えたとき、あれほど嫌だった田舎暮らしにも、
心から感謝できるようになりました。

 

 

何歳からでも遅くない、このおいしさを一緒に楽しみたい


看護師として働いてきた経験から、
食事を制限し続けることの難しさもたくさん見てきました。

 

我慢や制限を続ければ、どこかに無理が生まれます。
頑張っている人ほど、
続けられなくなって自分を責めてしまう。
それは決して意志が弱いからではないと思っています。

 

だから私は、「我慢する食事」ではなく、
「おいしいから続けられる食事」が
もっと広がってほしいと願っています。


69歳ですが、今が一番元気です。
だから、何歳からでも遅くないと思っています。

 

私も60歳から始めました。
そして67歳から料理教室も始めました。

 

まずは食べてみること。
おいしいから続けられる。
そんな毎日の積み重ねが、今の私につながっています。

 

このおいしさと楽しさを、
料理教室で一緒に味わえたらうれしいです。

 

 

 

郁子さんが60歳で出会い、
食との付き合い方が変わるきっかけになった「未来食」。

その考え方や体と食べ物の仕組みを学ぶ入口が、
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つぶつぶは

  1. 私たちが雑穀につけた愛称
  2. 雑穀が主役のビーガン食スタイル「未来食」のこと
  3. 生命のルールにかなう生き方の提案
  4. 私たちフウ未来生活研究所の多彩な活動の愛称
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