【ベジタリアンを知る vol.17】中国型菜食「素食」-三厭・五葷とは?―
*この投稿は以前発刊していた会報誌『月刊つぶつぶ』より連載シリーズ「ベジタリアンを知る」から一部編集して掲載しています。連載一覧はこちら
執筆:NPO法人日本ベジタリアン協会代表 歯学博士 垣本 充
ベジタリアンには幾つかのタイプがあります。詳しくは本連載「ベジタリアンを知る vol.2」で、学術的に大別される5タイプについて解説しました。
しかし、実際は、これらのタイプから更に細分化されたものが存在します。例えば、ビーガン(純菜食)の中には、フルータリアンのように、植物が収穫後も死滅しないよう、実や葉だけを食べて根などを食べないタイプや、ニラ、ニンニクなどネギ科の野菜を食べない人たちがいます。後者はアジア独特のものでアジアン・ビーガン(東洋型純菜食)のカテゴリーに分類されます。
ベジタリアン団体の世界的な統括機関であるIVU(国際ベジタリアン連合)が、2006年にインドのゴアで開催した世界ベジタリアン会議で、中国がかつてない20人を超える多数の参加者を送り込んできました。
この会議に参加した中国ベジタリアン(素食)連合は、私たちのようなNPO、NGOではない政府系団体のようで、参加目的は2008年の北京オリンピック開催を控えて、ベジタリアン食の情報収集の一環であろうと関心を集めました。出版社の幹部で学術団体理事を務める馬静会長と会期中に交流を深め、翌年、中国の菜食事情を調べる為に北京を訪れました。
中国語でベジタリアン食は素食(スーシー)と表示します。この素食はアジアン・ビーガンの代表の一つとされるタイプです。歴史的に見て、素食に大きな影響を与えているのは仏教と道教です。
仏教教義は釈迦が説いた全ての殺生を禁じる教え「殺生禁断」(サンスクリット語でアヒンサー)に基づいています。前回の「ガンジーのベジタリアニズムと健康論」で取り上げたアヒンサーはインドの宗教的教義によるベジタリアニズムのルーツとされていて、この教義は西域を経て中国に伝わりました。さらに、この教義は日本の仏教、とりわけ、禅宗に大きな影響を与え、修行僧の食事である精進料理は懐石料理の原点となり、和食文化の発展に大きく寄与しました。
一方、道教は漢民族の土着的・伝統的信仰を基盤とするもので、道教の祖と呼ばれる老子は菜食を推奨し、倫理や道徳の実践を通じて徳を積むことにより、幸福と長寿を獲得するという教えを示しています。この道教がわが国の陰陽道に影響を与えたことはよく知られています。
素食は仏教や道教などで摂食を禁じられている三厭(えん)(天厭:空を飛ぶ鳥・鶏など、地厭:地を這う牛・豚など、水厭:水中の魚や貝など)や、五葷(くん)(ニラ、ニンニク、ラッキョウ、ネギ、玉ネギまたはアサツキ)を食材として用いません。また、食肉だけでなく、動物由来の油脂、卵や乳製品も使用しません。出汁も昆布やシイタケなどを用います。素食の代表的な料理は「もどき料理」で、湯葉、豆腐、コンニャク、大豆タンパク、小麦グルテンなどを使って、精進風「北京ダック、酢豚、回鍋肉、青椒肉絲など」の中華(菜食)料理をつくりあげています。
馬会長の紹介で訪れた「天厨妙香」は北京大学や清華大学、国立中国科学院、外資のIT企業が軒を連ねる北京市北西の文協地区にある約80席ほどのレストランですが、昼食時は満席で店外には空席待ちの列ができるほどに人気でした。客筋は大学教職員や学生、IT技術者などで、料理は手が込んでいて美味しく、ロンドンで食べたチャイニーズ・ベジタリアン料理の原点を見たような気がしました。
また、北京大学には100人位で組織された学生のベジタリアン団体が存在し、健康、環境、動物愛護などの活動を行っていると聞きました。北京オリンピックを経て、素食は欧米でも広く認知され、今やグローバルなビーガン食の一つに数えられるようになりました。
NPO法人 日本ベジタリアン協会
日本ベジタリアン協会は、1993年4月設立、2001年2月に特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を受けた非営利団体です。「人と地球の健康を考える」をテーマに菜食とそれに関連した健康、栄養、倫理、生命の尊厳、アニマルライツ、地球環境保全、発展途上国の飢餓などの問題に関する啓発や奉仕を目的とし、菜食に関心のある人々に必要な知識や実践方法を広め、共有していくためのネットワークづくりを行なっています。
HP:http://www.jpvs.org/