ほんとうに教えたいこと、見つけた! / 大森かおり(1/3)

わたしが教員になったのは

子どもが好きで、教えることが好きだったからです。

 

この世の中を良くするためには、
子どもの教育が重要なんじゃないかという正義感もありました。

 

ところが、待っていたのは

portrait

私の想像をはるかに超えて厳しい現実でした。

 

教室には
じっと座っていることができない子や
かんしゃくを起こして暴れる子が数人いて、
それにつられて行動する子どもたちがたくさんいました。

 

ちょっとした失敗をしただけで
プリントを引き裂いたり、物を投げたりする子。

 

授業中、立ち歩いては
友達にちょっかいを出しに行く子。

 

急な時間割の変更に対応するのが難しく、
イライラを募らせ教師や友達にやつ当たりする子。

 

給食のおかずが人に比べて少ないと怒り出し、
床に食べ物をぶちまける子。

 

まだまだきりがありません。

 

 

子どもが怪我をしたら、
即、保護者に謝りの連絡を入れます。

 

一方で、教員が子どもに怪我をさせられても、
指導力不足、我慢するしかないと言われました。

 

全てが学校任せで、近所のトラブルさえも
学校に解決を求めてくる保護者たち。

 

子どもと保護者をめぐる問題が多く、
その解決と事務処理に追われ、
忙しすぎる教員たち。

 

食事を作ってもらえず
アパートの玄関でコンビニのおにぎりを
食べている子どもの姿。

 

スナック菓子・清涼飲料水・ジュース漬け、
TV・ゲーム漬けの子ども達。

 

発達障害をもつ子どもたちに飲ませる薬も
気になりました。

 

学校と連絡の取れない保護者も多く、
学級費・給食費を払おうとしない保護者もいました。

 

 

もちろん、かわいい子ども達との
楽しい思い出もたくさんあります。

 

心ある保護者の方に支えられ、
先輩の先生に支えられ、
若くて経験不足の私でしたが、
毎日一生懸命子どもたちと向き合った日々に
育てられましたし、
子ども達もそれに応えてくれました。

 

 

そんな中で、生涯忘れられない出来事が
起こりました。

 

長男を妊娠中のある時、
学級崩壊に責任を感じた若い同僚の先生が
自殺したのです。

 

当時、学校全体でその先生を支えてサポート体制をとっていましたが、
どの教員も自分の学級だけで精一杯の状況だったのです。
本当に悲しい結果を招いてしまいました。

 

 

子どもたちとの楽しい学校生活を夢見て
教員を志したはずの私でしたが、
精神的にも肉体的にも疲れ切って、
いつしか子どもたちが信じられなくなって
しまいました。

 

じつは、子どもたちの食の悲惨さを憂えていた
当の我が家の新婚生活の食卓も、
時間が無いのを理由にレトルト食品ばかり、
それも心の負担になっていました。

 

当時、検診のために通っていた助産院では、
お産の事というよりは、仕事の悩みを聞いて
もらってばかりだったように思います。

 

その後、長男を出産、
母乳育児を通してつぶつぶに出会ったのです。

 

 

雑穀甘酒を家で作ってみて、
まったく砂糖を使っていないのに、
すごく甘いのにびっくりしました。

 

なんだか癒される甘さなのです。

 

ジャガイモとタマネギを炒めて、
塩を入れ、もちキビを一緒に炊くだけの
「もちキビポテト」を作ったときは、

 

「えっ、これだけでどうしてこんなに美味しいの?」

 

信じられないほど簡単でシンプルなプロセスから生まれる
それまで食べた事のなかった食感と旨みに
感動しました。

 

 

「もっと知りたい!学びたい!」と
長男が2歳になったばかりの時、
名古屋で開催された3日間の
未来食セミナー(※)に通いました。

 

※当時、未来食セミナーは、未来食サバイバルセミナーという名前で
Scene1とScene3が連続3日間で開催されていました。

 

私がずっと探し求めてきた答えが
そこにありました。

 

セミナーが進むごとに体も心も
どんどん軽くなって行きました。

 

「私がほんとうに学び、伝えたかったのは、
つぶつぶ料理とつぶつぶの生き方だ!」

 

教えることが大好きだった私が
教えたいことを発見したのです。

 

 

私の人生のほんとうのはじまり、
それが未来食セミナーでした。

 

 

つぶつぶマザー
大森かおり

 

つづく(1/3)