わたしの足で歩きたい!/ 郷田優気(2/3)

仕事は、楽しかったし、
充実していました。

 

でも、心の中では、本当の私が分からなくって、
早く、「私はわたしになりたい」って思っていました。

・・・・

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「つぶつぶ」は、
おいしいし、理にかなっていて矛盾もないし、
みんな素晴らしい心で生きているし、

わたしの育った環境と外の世界は
大きな違いがあるらしいし、
つぶつぶの活動は素晴らしいし、

やりたいことは何でもやっているのに、
なんだか満たされない「わたし」がいるのに戸惑いました。

3年の長野店店長の仕事のあとは、
地方開催も多くなっていた未来食セミナー
アシスタントを中心にした仕事を
東京を拠点に、していました。

何でもそこそこにできてしまうけど
わたしの中では、経験も無い自分の仕事に自信が無かったし、
理想がとても高かったので、心から満足できませんでした。

このころの私は、
私のやりたいことや、感じることではなくて、
望まれること、やらなければならないことが行動基準だったので、
正義、完璧を求めるが故に、
自分の未熟さが悔しくて、それを受け取れない自分が嫌になって。

だんだん、仕事をほめられると不機嫌になって
まわりに迷惑をかけている自分がいました。
それがさらに落ち込む原因になって
悪循環になっていました。

そのとき、踊ることが本当に楽しくって
サルサダンサーになりたいと思ったり、
今からプロのダンサーになれっこないしと
あきらめようとしてみたり、

セミナーで参加者がキラキラ輝いて行く姿を見ると
やっぱりこの仕事は素晴らしい、やめるのは間違っている、
わたしのわがままだ、と思ってみたり、

いつも守られてる状況で生きていることが
自分で生きてないような気持ちを生み出すようになりました。

一人で生きることへの不安を
いろんな状況のせいにして、
ガマンしようとしたりしてるうちに

「何かが違う」「本気になれない」

「どんなにがんばってもむなしい」

「自分にはできない、自信が無い」

というネガティブな感情とともに仕事をし、
人と関わるようになっている私がいました。

問題が無いのに、問題をつくり出して
いつも怖くて、人を信頼することができず、
人の顔色ばかりうかがっていました。

そんな自分は、嫌だった。
けれど、怖くて前に進めなかった。

その頃出会った親友の言葉、存在が
私の背中を押してくれました。

私が自分の足で進んだはじめの一歩が、
2010年12月、
宮崎でのセミナーの後の出来事でした。

宮崎のつぶつぶマザーの荒木沙弥香さんが
ゆみこが講師の未来食セミナーScene1を開催、
そのアシスタントを担当しました。

若い参加者たちがキラキラして行くのを
あらためて目の当たりにし、
沙弥香さんがつぶつぶマザーとして
自分の足で動きだそうと決心してる
その凛とした姿をみて、

私も、
自分の足で歩きたい!
輝いて生きたい!
もう、用意された道を行くのは嫌だ!!

わたしも、何ものも怖れずに自分の足で
一歩踏み出そうと決心しました。

東京に戻ってすぐにやめる決心を伝えました。

もう、二度と帰って来れなくてもいい覚悟で、
実際、本気でそうなると思っていました。

だれになにを言われても、
私の意思は、はっきりしていました。
それを支えてくれたのは、親友であり、
母がセミナーで伝えてきてくれた「言葉」の確信でした。

何が起きても大丈夫!
私は私を生きる!!

これが、宇宙を信頼し、
自分を信頼し、飛び立つこと、
私が、私になった瞬間でした。

その後、
311東北大震災があり、一度山形の実家に帰りました。
たくさん、考えて、考えて、出した答えは、
逃げてても、しょうがない。
明日、なにがおこっても悔いのない日々を生きよう!

そう決めて、東京に戻りました。

すべて、やりきろう。

明日は、ない。

思いつく限りの自分がやりたいことをやり、
会いたい人に会いにいき、
今まで出来なかったこと、全部やろう。

怖くて、言葉にできなかったことを、言葉にし、
いつかできると思ったことを、今やる。

「ありがとう、と、ごめんなさい」
自分に素直になって、ちゃんと感謝し、謝れるようになろう。

そうやって、
自分を信頼して、
一歩踏み出したら、
外には恐ろしいものなんて何もなくて
今まで見たこともない、
きらきらとした日常があった。

そして、
導かれるように、
「目一杯おどろう!」と思い、
尊敬する先生に声をかけていただいたことをきっかけに、
関西・神戸での新生活がスタートしました。
それが、2011年6月、震災の3ヶ月後でした。

つぶつぶマザー
郷田優気

つづく(2/3)