skip to Main Content

人間の魂のこと、死のこと / 高橋万帆(1/3)


小学校低学年のころ、トイレに行って座っていると

いつも「わたしは死んだらどうなるんだろう」

という疑問が湧いてきました。

 

2年生の時に同居していた祖母が亡くなったことで

 

死んだら、体はなくなる。それは、分かる。blog_mo_maho

でも、今、こうして考えたり、

感じたりしている私って、どうなるんだろう。

 

すごく真剣に考えていた記憶があります。

 

 

つぶつぶマザー養成セミナーの6日前に

母が亡くなりました。

 

突然でした。

 

心臓発作、連絡をもらったのは、

亡くなった後でした。

 

最初は、こんなに突然に死は訪れるんだ、と

全然実感がわきませんでした。

 

でも、すぐに、

「お母さんは、この世界での役割を終え、

急に別のステージでの仕事が出来たので、

さよならも言わずに大急ぎで行っちゃったんだなあ、

お別れを言っていたら引き止められるかもしれないから、

潔くいっちゃったんだな」

 

という感覚が湧いてきました。

 

未来食セミナーを受け、天女セミナーを受けて、

わたしの体と心を動かしている本当の私のことや

見えない部分も含めた世界のしくみを

学んでいたからこんな風に思えたのだと

今あらためて思います。

 

それがなかったら、わたしはあの時

この突然の母の死を受け止めることはできませんでした。

 

 

長年、人形劇をやっていた母は、

国内のみならず、海外の人形劇フェスティバル

にもちょくちょく参加し、

自分の好きなことを本当に楽しんでいました。

 

私達が仕事でパキスタンにいたころにも、

人形劇持参で訪ねてくれて、

現地の幼稚園、小学校、

ちょっと貧しい人たちが住んでいるエリアの集会所などで

一人公演をして、本人がとても喜んでいました。

 

「後悔のない人生を送ったのだろうな、

私も、こんな風に、やりたいことを思いっきり楽しんで

悔いのない人生を送ろう」

 

 

悲しいながらも、そんな前向きな気持ちが

ふつふつと湧いてきました。

 

残念なのは、母に

つぶつぶマザーになってまた一段とおいしくなった

私のつぶつぶ料理を、もう食べてもらえないこと。

 

これだけはとっても残念。

 

 

母は、エネルギーもあり行動的な反面

とても心配性でした。

 

いざという時のために、

何かあった時のために、

いつも備えておく。

 

いつも「危機管理が大事」と

言っていました。

 

その影響を受けてか、いつも私は

大きなバッグをもって移動していました。

 

何かあった時のために

これも、あれも、入れておこう。

これも必要かもしれない。

 

わたしは小学校1、2年生の時

男の子のことをがみがみ叱り飛ばして、

クラスの中で「オニババ」と呼ばれていたほど

元気でした。

 

母からは、これだけ口が達者ならば、

弁護士にでもなったらいい、と

言われたことが数度あります。

 

 

それなのに、小学校3年生で転校した時、

周りが自分をどう評価するのかが心配になり、

何をしゃべったらいいのか分からなくなって

9月に転校してから12月くらいまで、

学校ではほぼしゃべらなくなってしまったのです。

 

学校の勉強には苦労しなかったのですが、

成績がよいことを「あたまでっかち」

の象徴みたいに感じるようになっていました。

口が達者、とか、勉強だけできる、とか、

そういうことに、すごくコンプレックスを

感じていたのです。

 

器用だったり、物を作りだせたりする方が、

よっぽどいい、と思っていました。

 

妹は上手くて、あなたは下手、と

誰に言われたわけでもないのに、勝手にそう思い込み

苦手なことだけが、どんどん、

自分の中で大きくなっていきました。

 

母は、中学校の教員で、

私を出産した時には産後三週間で職場復帰。

そして、5才離れた妹が生まれるのを機に、

退職しました。

 

いつも、「早く、早く」と

私を急き立てるように生活していることに、

疑問を感じたからと、あとから話してくれました。

 

母が家にいるようになって、とても嬉しかった一方で、

妹はいいなあ、と思っていました。

 

その年齢なりに、色んなことを仕方がない、

と思ってきたけれど、

もっと、もっと、母に甘えたかったのかもしれません。

 

仕方がない、と思うことが、大人になるにつれて

どんどん増えていき、

仕方がない、と妥協できることが、

うまく現実と折り合いをつけていく方法。

妥協できることが大人になること、

そんな風に感じるようになっていきました。

 

「私の人生、まあこの程度」

 

そう妥協することが、

うまく毎日を暮していくために必要。

「自分の居心地のよさ」は追求せず、

何とか折り合いをつけて、うまくやっていく。

 

それが自分を守ることだと思うようになって

いきました。

 

 

それに、母からすり込まれた心配癖。

 

「いざという時をいつも考え、

何かあったときをいつも考える」

 

という性格もからまって、

本来のエネルギーをどんどん封じ込めてしまって

いたのです。

 

 

でも、ずっと、それじゃ嫌だったんです。

 

つぶつぶに出会って、そのことに気づきました。

 

 

もともと、食べること大好き!美味しいもの大好き、

の私でしたが、なぜか、料理することにも

強いコンプレックスがありました。

 

それが、つぶつぶで吹き飛びました。

 

誰でも簡単に作れて、誰をも魅了するつぶつぶ。

 

それが、一人ひとりの体と心を癒し

眠っている内なるエネルギーを開く。

 

自然に価値観も暮らしも新しくなって

世界中の人が楽しく暮らす道へとつながる。

 

おいしくって、楽しくって、

家族や友人が感動して食べてくれるのがうれしく、

いつのまにか私の料理コンプレックスは解消し、

同時に、自信もよみがえってきたのです。

 

 

つぶつぶマザー

高橋万帆

 

つづく(1/3)


Back To Top